![]() |
ティーダ(太陽)に照らされ、アース(地球)は生命を生み出す・・・
ティーラは、めらめらと燃える沖縄の太陽(ティーダ)、アース(地球)は生み出すもの、創造するものという意の造語です。 ティーラ・アースのジュエリーは、石垣島のあふれんばかりの美しい自然・・・照りつける太陽,果てしなく碧が続くエメラルドブルーの海、美しい珊瑚礁、鮮やかに咲き誇る亜熱帯の花々・・・このすべてがデザインモチーフ。 私たちのジュエリーを身に着けるたび、この美しい風景、そして石垣島での癒しのひと時を思い出していただけたら・・・
1つ1つの商品にそんな想いを込めて、お作りしています。
石垣島の風を感じる、癒しのジュエリーになれますように・・・ |
![]()
ティーラ・アース デザイナーの平良佳保里です。
私たち夫婦は、数人のスタッフとともに石垣島でオリジナルジュエリーを作っています。
ティーラ・アースって、どんなブランド?なんで石垣島でジュエリーなの?ご来店いただいたお客様から、よく頂くご質問です。
ココからは、ちょっと長い独り言です。
お時間があれば、おつきあい下さい。
私たちが、この南の島でジュエリーショップを開いたいきさつや、
商品にかける想いを少しでもお伝えできたらと思います。
2005年9月、石垣市の中心地、東京でたとえると銀座4丁目の交差点のような場所である
「730交差点」の近くにジュエリーショップ ティーラ・アースはOPENしました。
石垣島の川平大嵩出身の夫、平良にとって、故郷の石垣島に自分の店を持つというかねてからの夢が、現実となった瞬間です。
その当時の私たちは、東京でジュエリーの卸の商売をしていました。
ティーラ・アースを設立したのは2001年6月、私がフリーランスのデザイナーとして活動を始めるときでした。
いずれは、自分たちのブランドを石垣島で作りたいと思い、
ティーラ「沖縄の太陽」アース「生み出すもの、作り出すもの」を合わせて、この社名ができました。
いつか自ら生命あるジュエリーを生み出すティーダ(太陽)になりたいという夫の強い想いと、
皆様に愛される、永遠に生き続けるジュエリーを生み出す地球(アース)になりたいと願う私。
これは、いわば私たち夫婦のことを表す名前でもあります。
夫平良は,宮古島で生まれ、幼少時に家族で石垣島の川平に移住。
男3人、女2人の5人兄弟の次男坊。小学生のとき父親が交通事故で他界。
女手一つ5人の兄弟を育て上げたお義母さんのご苦労はいかほどだったか、想像もつきません。
実際、子供時代はかなりの貧乏生活だったようですが、なんくるないさぁ〜の精神でしょうか。
そんな過去の苦労はみじんも感じさせない明るさだけが取り柄の我が夫。
お義母さんへの感謝の気持ちは人一倍のようで、石垣島に自分の店を持ちたいという強い想いは、
貧乏をしてきた息子が店を持つようにまでなったと、お母さんに自慢させたい。そんな気持ちからだと思います。
高校卒業まで石垣島で過ごし、沖縄本島の大学に進学。
今は見る影もありませんが、サッカー浸けの毎日だったようで、
九州地区の国体選抜メンバーとして大会にも出場していたようです。
実際、東京で知り合った頃は板橋区の都リーグに出場していて、
その頃は素人の私から見ても、他の人とはちょっと違う切れのある動き方をしていました。
就職で東京に上京し、海外に行くチャンスがあるという単純な動機で、
カラーストーンの輸出入をする会社に就職。
最初は、ルース(裸石)の、数をかぞえる毎日。
営業として、ジュエリーメーカーに色石を卸したり、
時には念願かなってタイ、オーストラリア、ドイツなどに、ルースの買い付けにいくこともありました。
私は、香川県高松市出身。ごく普通のサラリーマン家庭で育ちました。
大学まで高松で過ごし、将来は公務員か教師になって欲しいと願っていた両親の期待を裏切り、
教育学部にいかせてもらったにもかかわらず、東京のジュエリーメーカーに就職しました。
ここでジュエリー業界の基礎をまなび、その後夫のいた会社が製品(ジュエリー)を始めるという事で誘いを受け転職しました。
ジュエリーメーカーにいた頃は、今は死語となった華のOL生活。
取引先アパレルメーカーの社販に、6時ダッシュで同期の仲間と向かったり、
ランチにはインド料理の店にサグチキンカレーを食べに行ったり。
今思えば、この頃が一番自分の時間が持てた楽しい時代だったかもしれません。
転職してからは、生活が一変。
メーカーのジュエリーをOEMで作ったり,自社のハウスブランドを立ち上げ、展示会まわりの日々...
時には、成田税関にトラックにあおられながら慣れない運転で通関にいき(新人が通関業務担当でしたので。)、
持ち帰ったばかりの荷物をほどき、値段をつけてその日に商売にでかける。
平良はじめ営業の人たちは、新しい商材をいまかいまかと待ち構えているので,まさに戦場状態。さらば華のOL生活・・。
お茶を飲む暇もないような忙しい毎日でしたが,多くの事を教えて頂き、鍛えられました。
今の私たちが、ちょっとやそっとのことではへこたれないのは、この会社の社長はじめ先輩方のおかげです。本当に感謝しています。
この頃、ジュエリーを持ってそれこそ全国を回りました。
宝石の展示会場の設営から始まり、販売、そしてかたずけ、重い荷物を担いで新幹線や飛行機での移動。
展示会は週末が多かった為、友人と遊ぶ事もなく、週中は通常業務でメーカーとの打ち合わせ等をこなし、
以前の会社の同期とも疎遠になり・・・。
でも、仕事が楽しくて楽しくてしょうがなかった時期です。
1999年、結婚を機に退職。その後フリーランスとしてメーカーのデザインを描いたり、
展示会でリフォームやオーダージュエリーのデザインを描いたり。またまた、全国を回る日々が..。
実は、大手デパートの仕事は、子供が生まれるまで続けましたので、はるばる石垣島から日本橋や札幌まで仕事に行っていました。
ここ、石垣島に店を構えるようになったのは、ティーラ・アースのお隣「ちゅら島屋」下地ご夫妻のお陰です。
ティーラ・アースで商品をお買い上げ頂いたお客様にお渡ししている、ピーナッツ黒糖を作っているのが、ご主人の寛正君です。
私たちが駒込にすんでいた頃、お二人は巣鴨に住んでいたので、食事に行ったり仲良くさせて頂きました。
主人と寛正君とは中学校の同級生。東京では「元気クール」という草野球チームに参加し、
(平良はサッカー部ですがなぜか野球もそこそこできるのです)六本木の交差点にある、
沖縄料理屋の島唄楽園みっちゅうーさん達と楽しんでいました。
下地夫婦は一足先に石垣に戻り、実家の下地黒糖加工所をつぎ、730交差点付近の好立地の空き物件の情報を教えてくれたのです。
老舗の土産屋が店をたたむということで、4分の1使わないかとさそってくれました。
実は、場所がいいのでかなりの競争率だったようですが、寛正君のお陰でなんとか借りる事が出来ました。
友人同士、並んで店を出せた事は本当に幸せな事です。
スタッフの人数がふえるまでは、毎年の忘年会はちゅら島屋さんと合同でしていたくらいです。
私たちは、石垣島に店を出すまでは、卸の商売が中心でした。
ジュエリー業界に長くおりましたので、いろいろな矛盾や汚い部分もみてきました。
上代設定から逆算のデザインおこし。ローンを組んでの無理な販売。お客様の顔が見えない商売。
本当に、喜んでお付けいただいているのだろうか?という心配。
いつか自分たちのブランドが持てたなら、ああしたい、こうしたい、
そんな想いは日々つのり、そしていよいよ小さいながらも自分たちの店を持つ事が出来ました。
ティーラ・アースの店にご来店頂いたお客様にはお分かりかと思いますが、
店内のセンターと奥ににベージュの石を積んであります。
これは、「粟石」といって、昔から沖縄の民家の石垣につかわれていたもの。
現在では入手困難なこの粟石は、平良の友人、「いしなぎ屋」の憲良君に譲ってもらいました。
民家の石垣に使われている粟石は、風雨にさらされ、グレーっぽい色になりますが,中身はきれいなベージュ色。
店内には、大地を感じるアースカラーを使いたいと思っていた私たちは、なんとかこの粟石を使いたかったのですが、
いまではとれないため石屋さんにも在庫がない状態。やっとの事でみつけました。
とてもデリケートな石で、(石というよりは砂の固まりです)触っただけでぼろぼろくずれます。
実は,ティーラ・アースの内装の設計は什器も含め私と平良で考えました。
プロの方から見ると、えっ?というところもあると思いますが、入り口からカウンターまで何歩、、とか、
機会があればお見せしますが、改装前の壁、床は、私たちが書きなぐったチョークの跡だらけ。
そう、とてもアナログな方法なのですが、お客様の導線をたどりながら、一歩二歩と数え、設計図を起こしました。
ご来店頂いた際には、是非そんなところも見てやって下さい。
|
ながながとおつきあいいただきましたが、
ティーラ・アースの商品は、
お客様に付けて頂ける、普段使いのジュエリーが大半です。
これは、卸の商売をしていた時の反動があるかもしれませんが、
当店には、観光でいらっしゃったお客様に多く立ち寄っていただきます。
数人のグループはもちろんですが、目立つのが女性の一人旅。 みなさん、都会の日々の生活につかれ、 |
![]() |
そんなお客様には、平良が大活躍。
にわか石垣観光大使として、やれ八重山そばのおいしいところや、
石垣牛のおいしい店(もちろん「いしなぎ屋」ここの牛タンは絶品です!)、
石垣島ラー油・辺銀食堂さんの場所、等々時には送迎したりもします。
話が少しそれましたが、私たちのジュエリーを付けるたび、石垣で過ごした楽しい癒しの時間を
思い出していただけたらこんなに嬉しい事はありません。
ティーラ・アースの商品が他のジュエリーショップと大きく違うのは、
そのほとんどがご自分自身に購入されるお客様だという事です。
そして、また頑張って仕事をして石垣島に行こう!と思っていただく「頑張りジュエリー」になることです。
また、観光のお客様だけではなく地元のお客様にもご愛顧いただいております。
一番多いのがマリッジリング。
内側に「いつの世までもなかむつまじく」というお二人だけの秘密のメッセージが入ったこのリングは、
石垣島、この愛すべき美しい故郷への想いもつまっています。
今年で5年目を迎えるティーラ・アース。商売をしていた家庭で育っていない2人が、ゼロからスタートした小さな店です。
全国のお客様に支えられ、そして地元の友人、頼れるスタッフのみんなに助けられなんとかやってこれました。
これからも、お客様に喜んで頂ける商品作りに真摯に取り組み、ティーラ・アースにくるために石垣島に来た。
そういって頂ける日がくるまで頑張っていきたいと思います。
とりとめもない話に最後までおつきあい頂きありがとうございました。
平成21年3月 平良佳保里